ドイツの紹介
デュッセルドルフ、ケルン、ボン

11月3日はニースからアムステルダム経由でここデュッセルドルフに入った。アムステルダムから乗った飛行機はYS11のジェット機版っていった感じで超小型の飛行機だった。デュッセルドルフまでは正味45分ぐらいのフライトだ。気流が悪いのか飛行機の性能かしらないがランディングの時機体が左右に大きく揺らいでちょっと恐かったが何とか無事に着陸。やっとドイツに入った。新婚旅行で訪れたドイツの印象が良くてすごく期待した割には空港はなんか薄汚い。禁煙なのか喫煙可なのかわからないくらい小さく禁煙と書いた灰皿が並んでいる。もちろん喫煙している人たちも多い。
ここでいかにも「ヨーロッパに住んでいるゾ!」然した黒髪をお尻まで伸ばしたツン!とした感じのガイドさんが待っていてくれた。ここでもドイツの印象を大きく覆すように「ドイツは治安が良くありません。スリが多いです。空港でスリの被害に遭う5人に一人が日本人です」とさっそく注意がなされれる。しかもこれまでは空港よりはホテルの方が交換レートが良いということでホテルでしていた両替もドイツでは空港の方が良いとの事で危険な空港での両替となる。ここでも「お金はすぐにしまって下さい。リュックは出来るだけ前に持ってきてください」と注意がしつこく感じられるほどだ。交換レートは1マルク=57.803円で結構円高だ。ここでタマちゃんリーダーがガイドさんに暴言を吐いた。明後日のケルン、ボン視察のためにチケットを購入する相談をしていたら、何を勘違いしたのかガイドさんが「そうことはミキトラベルを通して下さい」とツンと来た。何も買って来てもらおうとしてる訳でない。どうやって買ったらいいか聞いてるだけなのに・・・。そこでタマちゃんリーダーが「あなたドイツ語喋られるのん?」と来たからまたまたガイドに火を付けた。「エエ」。「そんだら 切符買うのんどう言うかちょっとドイツ語でメモちょうだい」という言葉にガイドさんは「ハイ!では書かせていただきますツン!」と険悪なムードが・・・。後でタマちゃんリーダー曰く「喋られるのんなんか聞いてへんわぁ。喋れても読み書きできひん人がいたはるから「書けるのん」って聞いたんやでぇ」との事だったが、どっちにしてもこの一言が気位の高そうなガイドさんを興奮させたことは間違いない。まあそれはガイドさんも立派な方だから達筆なドイツ語でサラサラとメモを書いてくれた。結局書いてもらっても、読めないので何を書かれていても分からないのだが・・・。それから我々一向は夕ご飯を食べていないのでホテルの一室で乾杯するためのビールを探す。何よりもまずビールだ。適当にビールを確保し、バスに乗り込む。空港からホテルまではたったの15分ほど。バスの中でのガイドさんの注意は「水」に関してであった。ドイツは硬水で水道の水は飲めないことは無いが慣れない日本人は確実に体調を崩すとのこと。おまけにその辺で売っている水はまず炭酸入りなのでレストランで「ノン・ガス」を頼んでもない。飲むのだったらコーラやオレンジジュースにした方が無難との 事だった。そう言えば最終日の晩餐で「ミネラルウォーター・ノン・ガス」と言って頼んで分かったと言って持ってきたやつにも炭酸はしっかり入っていた。
デュッセルドルフの町中でホテルはニッコウ。60万人都市デュッセルドルフのうち1%が日本人でヨーロッパ、ドイツでも特に日本人の多い都市だがその中でも特に日本村といわれている一角にある。5つ星のホテルの割には部屋も小さく、洗面所も狭く暗い。なんか部屋の中はビジネスホテルっていった感じだ。ホテルのカードキーはいやらしいことにルイ・ヴィトンのマークが入っている。なんの関係も無いけど、金持ち日本人向けへの宣伝のようだ。ホテルのフロントも日本人だらけ。異国情緒が全くない。部屋に戻って着替えてから隣の部屋で毎晩恒例の反省会?という宴会だ。今日はちょっとお腹が空いていてビールにウイスキーが進んだ。それから明日のREHA展と明後日の視察の作戦会議となった。
11月4日は本旅行最大の目的「REHA展」視察となった。9時に集合で地下鉄でメッセまで3.2マルク。20分ほどの近さだが、この地下鉄がREHA展のためかどうかメチャ混み。おまけに電車が小さい。ドアも内開きでお客が多くて開かないこともあった。途中で降りれないドイツ人もいた。途中日本人の小学生らしき男の子が3人ほど乗り込んで来たが、この日は地下鉄を使ってどこかへ行くという社会科の課外授業とのこと。もちろん一人お母さんが保護者として付いていたが、日本語もペラペラだし、きっとドイツ語も話せるようになって日本に帰るのだろう?すばらしい!
メッセ前で途中地下鉄が地上の路面電車のようになった。メッセで結構な人が降りて一緒におりたが、そうそう乗ったときもそうだが改札というものがない。だからといって不正乗車なんかするとドイツでは非常に厳しい処罰を受けるらしい。そこから歩いてメッセ会場へ・・・。ビッグサイトや幕張メッセをイメージしていたので会場の作りにちょっとがっかりした。会場が小さく見えた。でも中に入ると幾つものホールがあって結構大きな展示会場だった。会場内は撮影禁止で業務中の業務なのでここでは触れないが、開場ちょうどくらいに入場してはじめ結構空いていた開場もすぐにひとでごった返した。車椅子や電動スクーターを利用しているひとも多いので通路がいっぱいになる。しかも、場内が禁煙でないのか喫煙所以外の通路でもタバコを吸っている人が多く歩き辛かった。
場内は個人視察でいったん解散したが、ここでも昼食にはまた集合でいっしょに食事。学食みたいなところで食事を摂ったがどこかも結構混雑している。昼からも解散で自由視察。ただ帰りはまたまた集合で一緒に帰る。夕刻にデュッセルドルフ視察があるらしい。帰りはベンツのタクシーを利用した。2台に分乗したが、先に乗ったのに途中で抜かされて25マルク請求された。チップ込みで30マルク払ったがメーターも何もないのでどうやって料金計算してるのか分からない。案の定一足先に着いたもう一台は20マルクしなかったらしい。きっと我々のタクシーはチップ込みで25マルク請求してきたようだ。それに5マルクもチップをあげたからご機嫌だったんだ。車中でも「ニッコー、ニッコー。ベンツ・ノー。ニッサン・グッド」とか、しきりに「ニコ、ニコ」と言っていた。なんかのスラングで「ニッコー」って変な意味があるのかと思った。
ヨハニス教会前で夕刻買い物をしたいというメンバーいたので「王様通り」という町の中心にあるブティック街へ出かけた。たいていのブランド品はこの通りに並んでいる。ここでもしばしの自由行動の後、集合してホテルに戻る事となっていたが用事のない私は一人で散策しながらホテルにもどる事とした。ヘンケルのナイフかなんかが欲しかったけど、こんなブティック街じゃ売ってないからだ。デパートでも売っていたが種類がないし、レジは壊れて混雑していたのでやめた。でIさんのためにここでもルイ・ヴィトンへ行ってからIさんと町を散策しながら帰ったが、教会らしき建物の前に「ヴィスマルク像」を発見。有名な教会と広場だと思って記念撮影をしたが、この像のことはどのガイドブックにも触れられていない。しかもこの教会が何なのかもわからなくなって道に迷ってしまった。地図で確認するとヨハニス教会らしい。挙げ句の果てに王様道り逆戻りする始末。陽も落ちてきたので一瞬焦ったが、王様通りまでまで戻ったらあとは簡単。来た道の方向にホテルへ戻った。ホテルの裏手に韓国の ハングル文字の看板の掛かっているナイフ屋さんがあったので入ったが、外人が本物か偽物かしれないが日本刀を買っていた。私は店を見たが適当なものがなかったのでホテルに戻って三越へ寄って見ることとした。三越も大した品揃えはないけど良いお土産を発見。ここで個人へのお土産は全部終了。あと70マルクほどで免罪の手続きと言う事だったので迷ったが別に欲しいものがなかったので部屋に戻った。
ビアホールの前で夕食はドイツで楽しみにしていたビアホールへ行くこととなった。もちろんここでもみんなで一緒の行動だ。ホテルの近くにあるシューマッハというビアホール。ここでタマちゃんリーダーがいきなり「EDDIEさんはシューマッハに似たはんなぁ」と・・・。でも、レース世界では有名なシューマッハを僕は知らないしあんまり男前でなさそうだ?誉められた訳でない。この店は大賑わい。ビアホールのメッカドイツでもこの辺は飲み屋街ではないようでちょっと外れにあたるらしい。予約はしてなかったけど何とか席を確保してくれた。デュッセルドルフでは「アルトビール」という醸面醗酵のビールが有名。ちょっと苦めだけでど美味しかな?まあオランダのハイネケンの方が美味しいけど・・・。ここではソーセージの盛り合わせ、豚肉の煮込みなど食べたけど以外にも酢キャベツが旨い!お店は観光客相手ではなく地元ッチ相手のようでドイツ気分が味わえた。因みにビールはグラスで運ばれて大きなジョッキーではないのであんまり飲めない人でも付き合ってもらえる店だ。
ケルン大聖堂ケルン大聖堂ステンドグラスケルン大聖堂の中で11月4日も本来はREHA展視察の予定だが一同は「ケルン、ボン市内視察」に予定を変更する。中央駅でボンまでの特急列車の往復チケットを購入。団体割引なのか往復50マルクほどだった。もちろんここでも改札はなく電車に乗り込む。列車内で検札があって20分ほどでケルンに着いた。ケルンメッセで来たかった町だ。いきなり駅の横にそびえる大聖堂があった。高さは157mもあってミラノのドゥオモより大きいかもしれない。何でも1248年から1880年まで600年もかけて完成された建物らしい。ケルンでは駅前のナイフショップで釣り用のナイフを購入した。柄に魚の絵が書いてあって本当はフライフィッシング用なのだろうけど5000円くらいなので記念に購入。それから大聖堂の中に入った。大聖堂の右隣にトイレがあるがこ こは有料で1マルクか2マルクいるらしい。大聖堂の入館は無料だった。写真撮影もOKでなんか信仰に対して土足で上がり込んだ気分だ。ここのステンドグラスも奇麗で写真もうまく撮れた。間違ってもステンドグラスの写真撮影はフラッシュを炊いてはいけない。それからまたショッピングに興じるメンバーがいたので近くのヘンケルショップに入る。ここで魚さばきをこれから覚えようと高目のヘンケルの包丁を購入。でも帰国後カミサンに「これは大き過ぎる。肉切り包丁や」と言われてショック。ここはヘンケルの品揃えがピカ一だったけどラッピングが下手なので誰かのお土産には不向きかも・・・。それから商店街をぶらついて量販電気店に入ってトイレを探すが見つからない。でも地下の事務室の入り口みたいなところにあった。もちろん無料だった。ケルンは「4711」という「ポチュガル」の発祥も町の様でいたるところに「ポーチュガル」のオー・デ・コロンが売っていた。でも僕が使っているアフター・シェイブ・ローションは見当たらなかった。「オー・デ・コロン」は「ケルンの水」というこのようで、どうりでオー・デ・コロンばかり売っている訳だ。メンバーがショッピングし ている間「ピアノ」というカフェで待つこととする。カフェオレが250円もしないくらいの安い値段だった。でもメンバーが戻って来ないので探す事とした。メンバーが見つかればそのままボンへ行くこととしたのに、見つかったメンバーがカフェに入って休憩しだしたので店の外でじっと待つ。ケルンの駅で焼き栗を買うと、「おまえらそれは何か知ってるのか?」とドイツ人が話し掛けてきた。一行は「ドイツ人は親切だから、日本人が何も知らずに焼き栗を買ったと思って教えてくれたんだろうと」と変に納得する。
ベートーヴェン像前でベートーヴェン生家前でそれからボンへは一駅、20分も掛からないような近さだった。ボンは旧西ドイツの首都なのにケルンよりも何もない。駅を降りて直進したところに広場があって、そこに「ヴェートーヴェン」の銅像が建っていた。ここから見える古い建物はミュンスター寺院らしい。89年11月9日にベルリンの壁が崩壊してまる10年。ドイツの景気が停滞しているのか浮浪者のような昼間から飲んだくれている人が目に付く。で、ここからもタマちゃんリーダーの思いでをたどって「ヴェートヴェンの生家」の側のレストランで昼食となった。席まで「前はあそこの窓側やったけどあそこは座ったはるからあかんなぁ」とのこだわりよう。恐れ入りました。そして、夜の食事がムール貝であることを確認するのに、「ここに来たらムール貝を食べなあかん」とここでもムール貝を注文する。僕はここでもステーキを注文したが、結局料理は回し食べで2切れしか口に入らず、その 代わりにムール貝が回って来た。ムール貝もおいしいけど「おいしいやろ?」と何回も念を押されるほどでもない。生カキの方が好きかな?で、料理を食べ終わって「ヴェートーヴェンの生家」前で記念撮影。好きな作曲家でもないのに記念品まで買ってしまった。「生家」の中に入るのに8マルクだったかが必要なのでそこまでは入らなかった。ボン市内ここで1時間ほど自由時間をもらって一人で市内を散策したが、ほんと何もない。ブティックもなければ名所・旧跡も見つからない。もっともガイドさんがいたら「あれが○○」とか「これが××」なんて言ってくれる何かがあったのかもしれないがそれもわからなかった。
ボンからの帰りは先に来た普通列車に乗った。「特急で40分ほどやから普通の快速やったら1時間かな」と思っていたが1時間15分くらい掛かった。快速でもなんでもないただの普通列車だった。途中西ケルンだったか?から日本人の学生さんが乗ってきて同席していろいろお話をした。なんでも音楽大学にピアノの留学に来ているらしい。ドイツに来て2年。成績次第で進級できずに来年帰されるかも知れないと心配していたが、彼なら大丈夫だろう。短い会話の中に彼の人間性の良さを発見できた。
夕ご飯は最後の晩餐と言うことでみんなでお食事となっていた。もっともそんな予定になってなくてもこの旅行全てがみんなでの食事で特別な感慨はない。それより、お昼に食べたムール貝をまたどんな顔してい食べるのだろうという関心がある。レストランはムール貝が名物の様でみんなムール貝を食べていた。メニューはまず生サラダが出てきたがその後がなかなか出てこない。急かせて出てきたのはジャガイモのスープ。なんか時間をたらふく食べた様でもうお腹が膨れてきた。そしてまた待たされてやっとムール貝が運ばれてきたが、3種類の味付けがあった。グラタンは見るからにお腹が膨れそうでそんなに食が進まず、その外の定番ムール貝も最初は美味しく頂いたが、食の進まないメンバーに一向に量が減らず、事務的にパク付いたって感じでお腹に入れた。タマちゃんリーダーなど一部メンバーは食欲旺盛でどんどん大盛りのままのお鍋と交換。それでも必死にパク付いている。その割には感動の言葉もない。ここも事務的に食べているって感じだ。散々待たされた挙げ句、ちょっと一息ついていると、量の減ったお鍋をさっさと片づけて行ってしまう。なんか腹立つ店だ。時間を気にしていた のは迎えのバスの待ち合わせがあるからで、そんな約束の時間がなければもっとゆっくり落ち着いて食べたかった。デザートも運ばれてきたが、アイスクリームのところだけを食べてそれ以上はギブ・アップ!そうそうメンバーの中に誕生日を迎えた人がいたのでここで花火をもらって持ち込んだケーキに立てて誕生日会をした。せめてみんな一緒に「♪ハッピー・バースデー」を歌ってくれるくらいの愛想の良さを他のお客や店のスタッフに求めたかった。この花火もはじめ「ろうそくを5本くれないか?」と言って断られ、理由を説明してやっとくれたものだがタイミングが悪く花火があるって言ったのもジョークだと思っていた。まあ、お店は週末で大混雑で店の外までお客が待っているくらいの大繁盛なので一々一見の観光客にかまっていれなかったのだろうが、サービスは最低に近い店だった。名前は忘れたというか知らない。

で、オランダ、モナコ、ニース、ドイツと続いた視察旅行は全行程を終了し後は無事に帰国するだけとなってしまった。

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